2007年9月15日土曜日

母敏子、突然にそして静かに逝く

台風11号が突然発生し、沖縄を暴風に巻き込んだ昨日の晩、入所していた施設から救急病院に搬送されたという電話が入った。

呼吸が停止し、心臓マッサージで何とか心臓は鼓動を始めたが、脈拍は弱いまま時間だけが過ぎていった。

突然のことではあったが、12時間後には静かに息をひきとった。

数え年で89歳。

私の父、敏子の夫を11年前に亡くしてから、急に寡黙になっていった母だったが、それほど中のいい夫婦だったのだろう。

戦前は、首里城の北殿にあった博物館に勤めていたという母。

62年前の沖縄戦でも戦場をさまよった母。

戦後は、沖縄の女たちみんなが苦労したのと同じように、苦労を重ねてきた母。

刺身屋、マチヤグヮー・渡久地商店などを営んできた母。

まじめに一生懸命に生きてきた母。

結局私は、親孝行を何一つしてやれなかった。

「親孝行、したいときには親はなし」。

悔いだけが残る。

でも、一生懸命にがんばり続けること、それが、母や父への一番の孝行になるのだろうと言い聞かせて、これからも頑張っていきたいと思う。

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