2009年7月31日金曜日

新しいハンドマイクで街頭から訴え

今日、注文していた新しいハンドマイクがつきました。

軽くて持ち運びに便利です。

��0Wの性能を持っています。

自転車に旗をたてて、ハンドマイクを担いで、今日は5か所で訴えました。

知り合いにも結構であいます。

日本共産党の前進へがんばりましょう。


2009年7月30日木曜日

H22年度・「国庫支出金の要請」についての説明うける

沖縄県が国に対して行っている、「国庫支出金の要請」についての野党説明が今日行われました。

毎年の国への要請で、沖縄振興特別措置法に基づいた高率補助率等の特別措置や、沖縄振興計画に基づいた諸施策などを中心にした県の要請となています。

私は、戦争遺跡の調査、保存および戦争で焼失した貴重な文化遺産の復元など戦後処理として、当然国が行うべきものであり、要請に入れるべきではないかと提起。また、県内の小中高校のクーラーの維持費についても、国が当然措置すべきものであり、要請項目入れるべきと提起しました。

副知事は、今後議論していきたいと答えましたが、私は「これは前から言い続けてきたものであり、今後議論などというものではなく、せめて次年度の要請には入れられるように検討を」求めました。

2009年7月29日水曜日

自公政治退場の審判を

今日は、早朝宣伝と夕方から外間久子さんと街頭宣伝。

自公政権に退場の審判と、その後の政権の中で日本共産党の果たす枠割、日本共産党を伸ばす意義について訴えてきました。

それにしてもとにかく暑いです。

熱中症にならないように水分の補給が欠かせません。

暑さに負けずに訴えてきました。

2009年7月28日火曜日

「運命の人」・・・。

山崎豊子さんの「運命の人」、全4巻の4巻目の最後の部分を読んでいます。

読みながら涙が出てきます。

沖縄戦の悲劇が著者のものすごい筆力によって胸に迫ってきます。

思わず涙が出てきました。

どのような結末になるのでしょうか。

この本は事実にもとづいたノンヒクションと冒頭に書かれています。

先月の6月議会で、旧日本軍32軍司令部壕の調査、保存、公開について質問しましたが、この壕のこともリアルに描かれていて、われを疑うほど引き込まれていきました。

何かのめぐりあわせなのでしょうか。

改めて、32軍号の保存、公開をやり遂げなければとの思いに駆られました。

沖縄と沖縄県民をを踏みにじり、一人の人間、新聞記者を踏みにじり、家族を踏みにじる、日米両政府に満身の怒りがわいてきます。

そして、それとたたかう勇気ある人々に感銘を覚えます。

結末を読む前に、多くの人に読んでもらいたいと思います。

2009年7月27日月曜日

旧日本軍32軍司令部壕の生き証人と会う

6月議会で首里城の地下に掘られた旧日本軍の32軍司令部壕の調査を行い、議会で保存と公開を求めた。

この質問を知った、生き証人から連絡があり昨日あってきた。

当時15歳の比嘉さんは、1中の鉄血勤皇隊として壕堀りに動員され、その後、この壕の中で伝令などの任務についたという。

県の調査では第5坑道まであったということになっているが、比嘉さんの言うには、第6坑道まであったという。

県が第5坑道と言っている場所は、実は第6坑道だというのだ。

そして、第4坑道、第5坑道の場所も教えてもらった。

さらに、首里城の近くの歩道に縦坑があることもわかった。

この縦坑は、僕らが小さい頃から目にしているもので、今の、歩道にコンクリートの塊として存在している。

これが、32軍壕の縦坑とは予想だにしなかった。

さらに、当時の生き残りや証言者がいることも判明した。

悲惨な戦争を繰り返さないために、保存と公開への貴重な証言を集めて、9月議会でもさらに提起していきたいと思っています。

この件に関する情報をどんどんお寄せください。

2009年7月26日日曜日

ラジオ体操

久しぶりに、城北おはよう会のラジオ体操に参加。

夏休みとあって大勢の子どもたちが参加していた。

体を動かすことは心地よいいものだが、久しぶりなので、あちこちの関節からきしみが聞こえてくるような気がした。

2009年7月25日土曜日

猛暑、久子さんと街宣

午前中だというのに熱中症にならないか心配するほどの猛暑です。

暑さに負けじと、久子さんと街頭から日本共産党の躍進を訴えていきました。

今日は麦わら帽子をかぶって演説しました。

自公政治を終わらせる決定的な選挙にしましょう。

そして、自公政治のあとの日本の政治にとって、日本共産党の躍進がどうしても必要と訴えてきました。

訴えるすべて場所で、声援がありました。

自公政治を変えてほしい・・・。

国民の声です。

そのためにも、日本共産党をぜひ伸ばしてほしいと思います。




2009年7月23日木曜日

私たちは物ではありません―県内のあるコールセンターの実態

今日、県内のあるコールセンターで働く若い者たちの訴えを聞きました。

これまで、働け働けこき使われてきたが、今月に入って突然、「明日からこなくていいよ」とかの事実上の解雇通知を受けたり、雇い止め通告を受けたり、また、週3日出勤で1日3時間と言われたりしています。時給700円で一日2100円、週6300円です。どうやって生活していけばいいのでしょうか。

仕事中に、「ろくに仕事もできないで」「死ね」「親の顔が見てみたい」などのパワハラや嫌がらせの連続、退職を強要しているような物ではないかと思われる仕打ちに腹が立ってきました。

今日、県の副知事に申し入れを行いました。

沖縄の若者たちがこのような悲惨な状態に置かれている。

ぜったいに見過ごすわけには行きません。

2009年7月21日火曜日

衆院解散―外間ヒサコさんと第一声

今日午後の本会議が1時に開催され、衆院が解散されました。

いよいよ総選挙です。

8月30日が投票です。

今日、1時半から、外間ヒサコ衆院沖縄一区予定候補と解散を受けての第一声を上げました。

県内の新聞社が号外を配布する緊迫した中、県庁前で党県議団と外間ヒサコさんと一緒に日本共産党の躍進を訴えました。

このあと、視察に出発します。

がんばりましょう。

特別委員会の視察です

今日、沖縄振興・那覇空港整備特別委員会の視察です。

那覇空港の貨物ターミナルと宮古の下地島空港の視察で、一泊二日の日程です。

衆院が今日解散され、また、明日は皆既日食という、すべて歴史的なことが重なってしまいましたが、県議会重要な任務ですので、しっかりと視察して、県政に活かしたいと思います。

2009年7月20日月曜日

外間久子事務所開き

今日、衆院一区予定候補・外間ヒサ子さんの事務所開きが行われました。

多くの支持者が参加。

社大党の喜納昌春委員長と糸数慶子参院議員が推薦の挨拶をいただきました。

自公の政治を終わらせる選挙。

そして、自公の政治が退場したあとの日本の政治の行方がどうなるのか。

まさに、日本共産党の前進の度合いにかかってくるでしょう。

日本共産党の勝利めざしてがんばりましょう。

2009年7月19日日曜日

ゴーヤーの収穫

ゴーヤーを今日は5個ほど収穫しました。

やっと、実がつき、ざっと数えると40個近くついています。

そのうちの一個でゴーヤージュースを作ってみました。

ミキサーにかけて果汁を絞り、冷蔵庫で冷やして飲みました。

蜂蜜やサイダーがあればよかったのですが、それもないので、冷水で割って飲みました。

まあまあの味です。

今年の夏は、自家製のゴーヤーで夏ばてを防止し、総選挙勝利に邁進していきます。

セミ捕り

セミの喧噪がいっそう暑さを増幅させるような日々が続いている。

選挙に気をとられていたら、いつの間にか夏になっている。

子供のたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。

なんだろう。

赤旗新聞の配達に玄関を出てみると、3人の子供たちが、セミ捕りではしゃいでいる。

その後ろではお父さんがうれしそうに見つめている。

懐かしい光景だ。

そういえば今日から夏休みだ。

配達に行きかけたが、そうだ、写真を撮ろうと思い立ち、カメラを持ってきてセミ捕りに夢中になっている子供たちを撮った。

自分の子供たちとこのようなセミ捕りに出かけたのは20年以上も前になってしまったようだ。

童心に返りしばらく眺めていた。




2009年7月17日金曜日

沖縄県私学振興議員連盟の勉強会

沖縄県の私学振興議員連盟が発足しました。

嘉陽宗儀さんが会長で、日本共産党の5人の県議団は全員が加盟しました。

昨日は、県議会内で、県内の私学幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校、専修学校の代表の皆さんと意見交換しました。

私学の置かれている状況や、私学振興のための要望などを聞き大いに勉強になりました。

総選挙勝利へ衆院議員、県議団がそろって宣伝

解散と8月30日投票の衆院選挙の日程が決まりました。

昨日は、赤嶺政賢衆院議員、外間ヒサコ衆院一区予定候補と5人の県議団がそろって街頭から日本共産党への支持を訴えました。

今度の選挙は日本の針路のかかった歴史的転換の選挙、自公の政治を必ず終わらせようと訴え、国民を苦しめている自公政治の大本である、大企業のもうけ第一主義の政治、アメリカいいなりの政治の転換こそ求められています。そのためには、日本共産党を伸ばすことこそが、自公政治に替わる新しい政治の確かな力になると訴えました。

民主党への追い風が言われている中、特に、沖縄では、新基地建設反対、普天間基地の閉鎖、基地の撤去などの基地問題から、県民のくらしを守る問題でも、一貫してぶれずに頑張りつづける日本共産党が議席を伸ばすことが必要です。

2009年7月15日水曜日

ゴーヤの実

緑のカーテンのつもりで植えたゴーヤーだったがなかなか実をつけずにいた。

土づくりもせずに、ただ地面に植えれば実もつくだろうと素人考えだったせいもあり、なかなか成長もせず、実もなかなかつかなかった。

いろんな方から、アドバイスもうけながら、土を耕してみたり、肥料を入れたり、そして朝夕かかさず水をかけてやったりとしてきた。

知人のゴーヤー棚は、すでに多くの実をつけ、中には100個も収穫したという人もいた。

ゴーヤつくりもなかなか難しいものであると嘆いていたが、最近やっと少しづつ実をつけ始め、3個ほどもぎり、25個ぐらいが棚にぶら下がっている。

これからもっともっと実をつけてほしいと思いながら、新しい実はついてないかを眼を凝らして眺める毎日である。

2009年7月14日火曜日

解散総選挙8月30日投票

麻生総理の決断なのか。

それとも解散権を封じ込められたのか。

いずれにしても、自民党の国民不在の権力闘争の結果である。

国民の支持をうしなった自公の政治の転換をぜひ実現しなければならない。

しかし、ほんとうに国民本位の政治とは何か。このことを強く訴えなくてはならない。

多くの国民は、自公の政治を終わらせるために、とにかく、野党第一党の民主党に期待を寄せているようだ。

その一方で、自民も民主も中身は変わらないということも見抜いているとの世論調査の結果もある。

日本共産党の前進こそ、ほんとうの意味の国民の暮らしを守る政治への転換であることを、もっと多くの人に伝えなければならない。

これから毎日のがんばりがこれからの日本の進路を決める。

がんばりましょう。

2009年7月13日月曜日

与那国に自衛隊配備やめよ

与那国島に自衛隊を配備するという動きが出ています。

今日、日本共産党県委員会と県議団で、沖縄防衛局に対して、自衛隊の配備は行わないように申し入れを行いました。

対応した担当者は、現時点では計画は内としながらも、与那国は防衛上重要な所であると発言、次期防衛力の整備計画で配備を行うことについて否定しませんでした。

辺野古への基地の建設といい、与那国島への自衛隊の配備計画といい、まさに世界の平和の流れに逆行するものであり許せません。

基地のない沖縄を実現するためにも、衆院選での日本共産党の前進のためにがんばりましょう。

2009年7月10日金曜日

YouTubeにチャンネル作成



YouTubeに渡久地修のチャンネルを作成しました。

これから、動画も活用して発信して行きたいと思っています。

とりあえず、これまでの動画からアップしていきます。

最初は、2005年5月15日の普天間基地包囲行動の動画です。

2009年7月9日木曜日

6月議会終わる

6月議会が今日で終わりました。

基地問題、平和問題、雇用問題などを取り上げてきました。

政局も流動化してきています。

日本共産党の前進をめざしてがんばりましょう。

2009年7月8日水曜日

自転車でエコ実践

自転車で県議会へ。

市議時代にも自転車通勤に挑戦したことがありますが、何年ぶりでしょうか。

体力の自信もなかったのですが、まず挑戦してみました。

息子がビンゴゲームの景品であたった6段ギアのミニ自転車を借りて乗って行きました。

行きは、下り坂が多いのであまり苦にはなりません。

20分ぐらいで県議会に到着。

議会の守衛さんが目をパチクリしていました。

帰りは、逆に坂だらけです。

特に、松川から山川までの急な坂は、以前に挑戦したときも、何度も一度ではあがることができずに、何度目かにやっと登り切った難所です。

今日も、どこまで行けるのかと思って、ギアを1に入れてゆっくりと登ってていきました。

途中で、高校生の自転車が追い抜いて行きます。

焦らずに、こいで行くと、都ホテル前を越え、グランドキャッスルを越えていくではありませんか。

さっき抜いて行った高校生が自転車を押して歩いています。

もう少しで、頂上だ。

汗が噴き出してきて、心臓もバクバクしますが、焦らず、ゆっくりと言い聞かせてひいこらひいこら。

やっと頂上の山川にたどり着きました。

まだまだ、こんな体力があったのかと自分でも驚いています。

最近、体重を5キロから6キロしぼったからでしょうか。

でも、明日になったら足の引きつっていないか心配です。

自転車に切り替えて、CO2の削減へ。

でも、坂の多い首里では無理と思いがちでしたが、これからも持続していければ、エコの実践と体力の強化の一石二鳥になるでしょう。

がんばってみます。


2009年7月6日月曜日

市議選ーこまつ君あと一歩及ばず

那覇市選は昨日投票でした。

こまつ君はあと一歩でしたが、残念ながら届きませんでした。

立候補表明から短期間で、急速に追い上げましたがあと一歩でした。

市民のみなさんの期待に応えることができなかったことは残念です。

また、共産党は議席を一議席後退させる結果となりました。

みなさんのこれまでのご支援に感謝します。

これから、衆院選挙めざしてがんばりましょう。

2009年7月4日土曜日

まだまだ若い

いよいよ那覇市議選挙の投票日が明日となりました。

今日は、私の跡継ぎの宣伝カーに乗って一日中街頭から訴えて来ました。

まだまだ若い者には負けません。

一番体力も気力も勝っていたと自負しています。

日本共産党の躍進へこれからもがんばります。

2009年7月3日金曜日

激戦の那覇市議選挙

那覇市議選挙は激戦のまま明後日投票日です。

日本共産党を6名から7名に議席増を果たすためにがんばっています。

直後の衆院選挙にも影響を与えます。

一緒に政治を変えるためにがんばりましょう。

2009年7月1日水曜日

一般質問終わる。明日から委員会

県議会は、今日で一般質問が終わり、明日から委員会審議です。

私の所属する経済労働委員会の条例案件は1件、陳情が20件近くもあります。

どれも切実なものです。

県民の立場から全力でがんばります。