ハイサイ・日本共産党沖縄県議会議員・とぐちおさむです
ラベル
異常な沖縄
(1)
議会だより
(1)
2019年12月30日月曜日
県議会だより92号
県議会だより92号を発行しました。
10月31日の首里城焼失を受けて、県民の心ひとつに必ず復元させようと一面で取り上げ、
2面3面は11月11日からの訪米行動の報告を掲載しています。
1面
2面3面
4面
2019年12月3日火曜日
訪米団長に聞く。琉球新報の記事。
12月3日の琉球新報、訪米団長に聞くを掲載しました。
以下紹介します。
2019年10月29日火曜日
県議会だより91号を発行
県議会だより91号を発行しました。
10月3日の一般質問を中心に編集しています。
1面、4面
2面・3面
2019年10月18日金曜日
主権者国家としての自覚を持て
10月16日、県議会の日米地位協定改定を求めた全会一致の意見書を外務省沖縄大使に手交した。2016年12月のオスプレイの墜落事故について海上保安庁は現場調査や機長の事情聴取などもできずに捜査を終結したのである。日米地位協定が捜査を阻んだのであり、県議会が全会一致で抗議の声を上げたのである。
ところが、川村沖縄大使からは驚くべき発言が飛び出した。「日米地位協定が捜査の障害になったとは認識していない」。
参加した県議団は、直ちに抗議し、私は、呆れ果てた驚くべき発言であり、県議会や県民を愚弄するものであり撤回すべきだと繰り返し求めたが大使は撤回しなかった。軍特委員長が、それは政府の見解かと何度か追及するそのたびにうなずき政府見解であることを示した。
主権国家としての自覚も誇りも投げすて米国に従属する情けない安倍政権、外務省の姿だった。
2019年10月16日 外務省沖縄事務所
左、奥から2番目が渡久地修県議 右が川村大使
2019年9月18日水曜日
国のなりすましは許されない!裁判所前集会
今日、「なりすましは許さない! 玉城デニー知事を支え、辺野古新基地建設阻止、裁判所前集会」が開催され多くの県民が雨の中参加しました。
弁護団から、今度の裁判は、国民を救済する目的の行政不服審査法を国が私人に成りすまして悪用していること、職務代理者の謝花副知事が取り消しを行ったのであり、訴える上級庁審査長は県知事であり国土交通大臣ではない。したがって、採決の権限をもったのは県知事であり、国土交通大臣は採決する権限がないのに採決したのは違法である。また、防衛省と国土交通省は「辺野古が唯一」と閣議決定した同じ内閣であり、プレーヤーとアンパイヤーが同じでは中立性に欠けるものであるとの報告がありました。
玉城デニー知事が、決意を表明して、全員で頑張ろうを唱和し知事を拍手で送りました。国の違法な辺野古新基地建設は直ちに中止せよ。がんばりましょう。
2019年9月10日火曜日
老朽化した米軍CH53E大型輸送ヘリは飛行禁止に
9月6日に行われた米軍基地関係特別委員会で、CH53E大型ヘリは老朽化して危険だと、アメリカのシンクタンクの報告書をもとに指摘しました。
そのことが琉球新報の記事になっています。
2019年9月6日金曜日
玉城デニー知事に次年度予算書を提出
日本共産党県議団は今日、玉城デニー知事に対して次年度予算の要望書を提出しました。要望書は13分野263項目にわたっています。
冒頭、私、渡久地修県議団長から、先島地方での台風被害へのお見舞いを述べ県としても万全の対策をとることを要請。そのうえで、今回の例年の12月末の要望書の提出を8月から9月に提出することにしたのは、次年度の予算にしっかりと反映させてもらいたいことだと強調し、主な点として、基地問題では、辺野古新基地は絶対に造らせない、普天間基地の閉鎖撤去に全力をあげるとともに、日米地位協定を改定し米軍にも国内法を適用させるように全国知事会ともいっしょになって超党派で取り組むことなどを要請。暮らしの問題では、沖縄振興予算についての政府交渉については、基地とのリンク論を許さず、沖縄振興の原点をしっかりとすえて道理をもって交渉してもらいたい。国民健康保険税の前期高齢者の比率を算定基準にする方式なってから沖縄は沖縄戦との関係で前期高齢者が少ないために、市町村への国からの補助金がこの10年間で850億円も少なく支給されている実態を解決すること、子どもの貧困問題に引き続き取り組むこと、子どもの通院医療費を中学校まで拡大するように求め、日本共産党県議団も玉城デ二ー知事をしっかりと支えていくと表明しました。
玉城デニー知事は、みなさんと力を合わせて、真摯に愚直に頑張て行きたいと述べました。
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今に続く「琉球処分」
塩出浩之著、『琉球処分』「沖縄問題の原点」 「現在の沖縄県にあたる島々には、かつて琉球という国があった。」で始まる本書は、琉球誕生から、ペリー艦隊の来航、「琉球処分」にいたる激動の歴史を紐解き、「琉球処分」とは何だったのかという問いに迫っている。 「琉球処分」とは1872年...