赤嶺政賢衆院議員の母親がなくなり告別式が今日執り行われると新聞にも報道されている。
11時半過ぎからの衆院予算委員会のテレビ放送をみると、その赤嶺政賢議員が質問している。
生放送だから当然国会にいることになる。
12時に終わってすぐに飛行機で駆けつけるのであろうが、それにしても大変な任務だなと思う。
母親の告別式の日でありながらも、沖縄県民にとっての大事な基地問題やオスプレイの配備の問題などを質問していた。
いかなる時でも県民から選ばれた議員としての任務をしっかりと果たしている赤嶺政賢衆院議員。
今日の質問はこのような中で行われていることを知ってもらいたいと思いあえて書きました。
2011年8月8日月曜日
2011年8月7日日曜日
台風のあと片づけ
とにかく速度の遅いゆっくりとした台風で、まる二日間も暴風域の中だった。
昨日、昼あとから選挙区内を回ってみたが、停電などは出ていたが、家屋の倒壊などといった、大きな被害はその時までは見られなかった。
夕方からは事務所の周りの片づけ、今日は、おろしてあったゴーヤー棚を元に戻し、家の周りの片づけ。
ゴーヤーも今度こそは確実に実をつけてほしいものだ。
さあ、これから、日曜版の配達御と、残りの議会だよりの配達に出かけます。
昨日、昼あとから選挙区内を回ってみたが、停電などは出ていたが、家屋の倒壊などといった、大きな被害はその時までは見られなかった。
夕方からは事務所の周りの片づけ、今日は、おろしてあったゴーヤー棚を元に戻し、家の周りの片づけ。
ゴーヤーも今度こそは確実に実をつけてほしいものだ。
さあ、これから、日曜版の配達御と、残りの議会だよりの配達に出かけます。
2011年8月6日土曜日
足元が暴風被害
昨日、暴風警報のなか、こういうときは、日ごろからの積み残しの仕事を片付けようと思って県議会に。
県議団の部屋のカギを開けてビックリ、カーペットが水浸し。
窓の閉め忘れかと思いきや、さにあらず。
どうも窓際の床から雨水がしみ込んできているようだ。
警備員の方に連絡したり、設備の方に来てもらったりとしてやっと原因を究明。
強く長引いた風雨によって、外側から滲みこんできていいるようだ。
簡単にいえば、コンクリートにひびが入っているのか、あるいは配管を伝わってきているのかのようだ。
この建物はそんなに古くないはずだのにと思いながら、暴風の治まるのを待つしかないようだ。
水を吸収させためにカーペットの上に新聞紙を引いてとりあえずの対策で撤収。
今朝、8時過ぎに念のために来てみたら、新聞紙は水を存分に吸い込んでいる。
濡れた新聞紙を片付けて、乾いたものに交換。
それにしても、まだ警報の中だ。
あまりにも遅い台風にも困ったもんだ。
これから自宅へ帰って、暴風一過の対策に。
県議団の部屋のカギを開けてビックリ、カーペットが水浸し。
窓の閉め忘れかと思いきや、さにあらず。
どうも窓際の床から雨水がしみ込んできているようだ。
警備員の方に連絡したり、設備の方に来てもらったりとしてやっと原因を究明。
強く長引いた風雨によって、外側から滲みこんできていいるようだ。
簡単にいえば、コンクリートにひびが入っているのか、あるいは配管を伝わってきているのかのようだ。
この建物はそんなに古くないはずだのにと思いながら、暴風の治まるのを待つしかないようだ。
水を吸収させためにカーペットの上に新聞紙を引いてとりあえずの対策で撤収。
今朝、8時過ぎに念のために来てみたら、新聞紙は水を存分に吸い込んでいる。
濡れた新聞紙を片付けて、乾いたものに交換。
それにしても、まだ警報の中だ。
あまりにも遅い台風にも困ったもんだ。
これから自宅へ帰って、暴風一過の対策に。
2011年8月5日金曜日
台風対策2
今回の台風は速度がとてもゆっくりのようだ。
今朝、5時ごろ目が覚めるとトタンのバタバタする音が聞こえてきた。
風で飛ばされてきたのかと思いきや、隣の家の物置小屋のトタン屋根が今にも飛ばされそうになっている。上に置いてあった古タイヤは10メートルほど飛ばされて転がっている。かろうじて、一か所結ばれていいる針金と、木に引っ掛かって飛ばされずに済んでいいる。
急いで、隣の家の住人をおこして、針金で結んだり、空き地にあった角材を何本か借用してトタン屋根の上に渡して針金で縛りつけて補強した。
大したことはないと、たかをくくると大変なことになる。
自然の力は侮れない。
万全な対策が必要である。
以前、「古宇利島と台風」と題してのエッセイを書いたことがある。
その中では、私が幼いころ、トタン葺の家だったが、台風のたびに親父が万全な台風対策をとっていたことを書いた。
あの頃の台風対策は、自然の脅威を侮らずに、万全な対策をとっていたと思う。
この親父の台風対策の思いでは「古宇利島と台風」という拙書に収めてある。
まだ在庫があるので、入用な方はメールください。
今朝、5時ごろ目が覚めるとトタンのバタバタする音が聞こえてきた。
風で飛ばされてきたのかと思いきや、隣の家の物置小屋のトタン屋根が今にも飛ばされそうになっている。上に置いてあった古タイヤは10メートルほど飛ばされて転がっている。かろうじて、一か所結ばれていいる針金と、木に引っ掛かって飛ばされずに済んでいいる。
急いで、隣の家の住人をおこして、針金で結んだり、空き地にあった角材を何本か借用してトタン屋根の上に渡して針金で縛りつけて補強した。
大したことはないと、たかをくくると大変なことになる。
自然の力は侮れない。
万全な対策が必要である。
以前、「古宇利島と台風」と題してのエッセイを書いたことがある。
その中では、私が幼いころ、トタン葺の家だったが、台風のたびに親父が万全な台風対策をとっていたことを書いた。
あの頃の台風対策は、自然の脅威を侮らずに、万全な対策をとっていたと思う。
この親父の台風対策の思いでは「古宇利島と台風」という拙書に収めてある。
まだ在庫があるので、入用な方はメールください。
2011年8月4日木曜日
台風対策
今年は台風の当たり年だ。
大型台風が繰り返し襲ってくる。
農作物の被害も過去最高となった。
本土での降雨による被害も甚大だ。
地球温暖化による異常気象だ。巷ではそういう話になる。
今度の台風も非常に勢力が大きいとのことである。
本島直撃と思われたが、西寄りに進路をとったために、それて行っているようだが、そうなると宮古、八重山が大変だ。
今年はゴーヤーを植えてから2度の台風でダメになり、やっと実をつけ始めたところだっただけに、またこの台風だ。
今度は、台風をなんとかしのがなければならない。
農協で暴風ネットを買ってきた。
緑のカーテンとなっているゴーヤ棚の上部をはずして寝かし、そのうえからネットをかぶせ、ブロックなどで隅を固定した。
これで大丈夫だろう。いや、大丈夫であってほしい。
今朝のテレビでは、東京をはじめ、全国で緑のカーテンとしてゴーヤーが大人気とのことである。
緑のカーテンから毎年1000個のゴーヤーを収穫しているという主婦も登場していた。
ゴーヤーという名前も定着し、夏バテに効く野菜として愛食されていることはいいことだ。
特に農作物への被害が出なければいいがと思いつつ、このブログを書いている。
大型台風が繰り返し襲ってくる。
農作物の被害も過去最高となった。
本土での降雨による被害も甚大だ。
地球温暖化による異常気象だ。巷ではそういう話になる。
今度の台風も非常に勢力が大きいとのことである。
本島直撃と思われたが、西寄りに進路をとったために、それて行っているようだが、そうなると宮古、八重山が大変だ。
今年はゴーヤーを植えてから2度の台風でダメになり、やっと実をつけ始めたところだっただけに、またこの台風だ。
今度は、台風をなんとかしのがなければならない。
農協で暴風ネットを買ってきた。
緑のカーテンとなっているゴーヤ棚の上部をはずして寝かし、そのうえからネットをかぶせ、ブロックなどで隅を固定した。
これで大丈夫だろう。いや、大丈夫であってほしい。
今朝のテレビでは、東京をはじめ、全国で緑のカーテンとしてゴーヤーが大人気とのことである。
緑のカーテンから毎年1000個のゴーヤーを収穫しているという主婦も登場していた。
ゴーヤーという名前も定着し、夏バテに効く野菜として愛食されていることはいいことだ。
特に農作物への被害が出なければいいがと思いつつ、このブログを書いている。
2011年8月3日水曜日
「沖縄10・10大空襲、砲弾被害者の会」から要請
今日、「「沖縄10・10大空襲、砲弾被害者の会」が県議団に要請に訪れました。
さる沖縄戦での、民間の戦争被害者に対しても、戦争を起こした国の責任で補償すべきとの運動を起こして、国の救済新法の制定を求めています。
沖縄戦で、補償を受けられない戦争被害者が4万人にも上っているとのこと。
再び、絶対に戦争を起こしてはならない。
戦争の悲惨さを後世に伝えていく上でも大事なことです。
国会でも議員連盟も結成されたとのことです。
県議会でも後押し、一緒に取り組んでいきたいと思います。
さる沖縄戦での、民間の戦争被害者に対しても、戦争を起こした国の責任で補償すべきとの運動を起こして、国の救済新法の制定を求めています。
沖縄戦で、補償を受けられない戦争被害者が4万人にも上っているとのこと。
再び、絶対に戦争を起こしてはならない。
戦争の悲惨さを後世に伝えていく上でも大事なことです。
国会でも議員連盟も結成されたとのことです。
県議会でも後押し、一緒に取り組んでいきたいと思います。
2011年8月1日月曜日
空の上から見る、泡瀬干潟、辺野古、徳之島
先日7月28日、視察と政府要請のため飛行機で東京に向かった。
その日の飛行機は、南向きに離陸し、糸満沖で向きを北に変えて沖縄本島の東側を飛んだ。
左側の窓に座っていたが、その日はよく晴れていて、雲の間から沖縄本島が鮮やかに見下ろせた。
窓の眺めに見とれていると、突然、泡瀬干潟の埋め立て海域が目に飛び込んできた。
あわてて、鞄からカメラを向けた。
絶好の撮影位置は逃したものの、どうにか写真に収めたのがこの一枚である。
次は辺野古新基地建設予定海域上空を飛ぶはずだと、目を凝らして収めた。
そして、鳩山前首相が普天間基地の移設先として名前をあげた徳之島が見えてきたので、こちらもパチリと収めた。
どちらも美しい海、自然豊かなところである。
このような美しい自然を壊そうとするなんて許せない。
この思いをこめて見てもらいたい。
その日の飛行機は、南向きに離陸し、糸満沖で向きを北に変えて沖縄本島の東側を飛んだ。
左側の窓に座っていたが、その日はよく晴れていて、雲の間から沖縄本島が鮮やかに見下ろせた。
窓の眺めに見とれていると、突然、泡瀬干潟の埋め立て海域が目に飛び込んできた。
あわてて、鞄からカメラを向けた。
絶好の撮影位置は逃したものの、どうにか写真に収めたのがこの一枚である。
次は辺野古新基地建設予定海域上空を飛ぶはずだと、目を凝らして収めた。
そして、鳩山前首相が普天間基地の移設先として名前をあげた徳之島が見えてきたので、こちらもパチリと収めた。
どちらも美しい海、自然豊かなところである。
このような美しい自然を壊そうとするなんて許せない。
この思いをこめて見てもらいたい。
泡瀬干潟の埋め立て地
徳之島
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