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2007年10月20日土曜日

明日、不発弾処理。戦後62年たっても、なお戦争のために避難。

私の住んでいる、首里儀保町の道路拡張工事現場で米軍の250キロ不発弾が発見さました。

明日、半径287メートル、約600世帯を避難させて現地処理を行なうとのことです。また、モノレール儀保駅もその避難半径内に位置するので、その時間は、交通ストップとなります。那覇空港かkら牧志駅の交互運転となるとのことです。

沖縄の不発弾は、毎年25トン処理してもあと100年かかるといわれています。

私は、今から5年前の2002年6月議会で、その問題を取り上げました。
市民の避難をともなう処理の場合、沖縄が700㍍、他の県などが300㍍の避難半径であることを独自調査で指摘、避難で市民に大きなな負担となっている実態を示し、処理方式の改善を要求しました。。
その結果、深さ6メートルの穴を掘り、周囲にライナプレートという鉄板を張り巡らせた新しい処理方式が採用され、避難半径が半分に縮小され、市民の負担は大幅に軽減されました。

しかし、不発弾の処理費用の半分は那覇市負担です。

私は、不発弾処理は戦争を起こした国の責任で行なうべき、全額国の負担で行なうべきと議会でも取り上げ、直接政府とも交渉してきましたが、未だに政府は、自治体に負担を押しつけています。

引き続き、国の責任で行なわせるようがんばります。

明日は、モノレールの運転制限などで大きな混乱も予想されます。現地対策本部に出向いて処理状況を確認していきたいと思っています。



儀保町の工事現場。



ライナプレートを張り巡らせた6メートルの穴。この中に不発弾を入れ、その中で信管を外す。



那覇市総合防災訓練を視察

今日、昼2時から那覇市総合防災訓練が行なわれた。

沖縄本島南西沖で地震が発生、那覇市で震度6弱、津波が発生という想定で行なわれた。

那覇市、消防本部、海上保安部、自衛隊、自治会連合会など36の機関・団体が参加た。

初期の火災消火、被災者救済、災害復旧などの訓練がだった。

日頃からの災害への備えと、地域の日頃の連携などが大事である。

さらに、議会人としては、もっと消防や防災の体制強化、資材、機材の整備が必要と感じた。


消火、救援訓練の模様


那覇市と赤十字が設置した、現地緊急救護所の模様

2007年10月19日金曜日

九州市議会議長会も検定意見撤回を決議

今日、市議会の安慶田議長と会談した。

あの要請から、九州市議会議長会の会議があって、帰ってきたのは今さっきだったとのこと。ごくろうさんなことです。

先日の東京要請行動の労をねぎらったが、九州市議会議長会でも決議を採択したとのことだった。

決議では、「筆舌に尽くし難い犠牲を強いられてきた沖縄県民にとって、今回の削除・修正は到底容認できるものではない」として、「検定意見が速やかに撤回され、記述の回復が速やかに行なわれるよう強く要請する」となっているとのことである。

沖縄の島ぐるみのたたかいが全国へと大きく広がっている。勇気づけられる思いである。

議長とさらにがんばろうと握手。

2007年10月18日木曜日

バスガイドさんの話しに感動ひろがる

昨日のブログに、教科書検定意見の撤回を求める東京要請行動のさいに、同乗したバスガイドさんの話しを書いた。

このことがさわやかな感動を呼んでいるようだ。

メールや電話で感動したとの声が寄せられている。

うれしいことです。

「水の一しずく、一ずくが、やがて大河となるように、一人ひとりの心の響きあいが、やがて歴史を動かす」と昨日書いた。

今、一しずく、一しずくが各地で急速に生まれていると確信している。

ガイドさんの話しに感動したという同行記者から、当日の要請行動の写真が送られてきたので掲載します。



右から、申し入れる渡久地修、島袋大宜味村長、池宮城恩納村副村長、上原県議

2007年10月17日水曜日

バスガイドさんの発言に感動

私たち要請団の移動バスは1号車でした。

2日目、バスガイドさんは、玉城(たましろ)と自己紹介していました。

私が、すかさずあなた「ウチナーンチュ」(沖縄の人)ねと尋ねると、「はい、糸満の出身です」とのことでした。

よかったねと参加者はみんなその奇遇に喜びながらも、一体感をもって日程をこなしていきました。

帰路のつき、羽田空港が近づいたところで、このガイドさんが、突然最後の挨拶を行ないました。

「私は、今、東京でこのようにバスガイドをしていますが、将来は学校の社会課の先生になるために勉強しています。今日、みなさん方の、行動に一緒に参加できてほんとによかったと思っています。私が先生になったときに、この教科書がこのようになったのは、あのとき、みんながこのように頑張ったからなんだよ。戦争は絶対に起こしてはいけないんだよと教えていきたいと思っています。みなさん、ご苦労さんでした。がんばってくだい」

この挨拶は、私は、また思わず涙ぐんでしまい、「今度の行動で一番感動した」と声に出しましたが、みんなも「そうだ」と拍手を送っていました。

私たちの行動が、一人のバスガイドさんの心に響いたのです。

私は、水のひとしずく、ひとしずくがやがて大河となっていく。
このように一人ひとりの心の響きあいが、歴史を動かすのだと、玉城さんから、また一つ大きなことを学びました。
これだけでも大きな収穫だったと感動を覚えました。

玉城さん、ぜひがんばってたのもしい先生になってください。
ありがとう、同乗者一同、心から応援しています。

「島ぐるみのたたかい」が全国を励まし、大きなうねりに

「教科書検定意見の撤回を求める10・15総決起集会」が東京で開かれ、政府要請行動で上京していた私たちも参加しました。
主催は、「東京沖縄県人会」と「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」でした。

650人余が参加。

国会議員も、日本共産党からは、市田忠義書記局長、赤嶺政賢衆院議員ら8人が参加。
市田書記局長の挨拶は、悲惨な体験をした沖縄県民の願いを正面から取り上げ、今の文部科学省が検定意見を自作自演で行なったことを、赤嶺衆院議員の予算委員会での追及を元に詳しく報告。政治介入したのは文部科学省と政府であることを事実で示しました。

他にも、民主党、社民党、公明党、無所属の国会議員が参加し挨拶していました。

集会では、ひめゆり学徒の上江田千代さんが、沖縄戦の体験を報告。

その後、首都圏の地方議会でも教科書意見の撤回を求める決議をあげた運動の模様が報告されました。

沖縄出身の三鷹市議の大城みゆき市議の、議会での取り組みと、祖父、祖母の沖縄戦体験と「生きのびていなければ今日の私はここにいなかった」との発言には、思わず涙が出てしまいました。

この集会と今回の行動で、私が確信になっことは、沖縄の「島ぐるみのたたかい」が全国の心ある人々に、「主権者である国民が立ち上がれば、間違った政治を変えることができる」という、限りない勇気と確信を与えているということでした。

鎌倉の代表は、何をやっても駄目と思っていたが、沖縄のようにたたかえば変えられると勇気をもらい、がんばって議会に請願を出し、採択に結びついたことを語り、沖縄のみなさんありがとうと発言していました。

また、本土で暮らす沖縄出身者に「うちなーんちゅ」としての誇りと自信を与えているということでした。

いろんな場所で、このことを訴えられ、国会から引き上げるときに、バスに乗り込んできた県出身の方は、「ヤマトゥ、うちなんーちゅ。ありがとう、誇りを与えてくれた沖縄のみなさんありがとう」と大声で叫んでいきました。

私たちの思いを遙かに超えるようなうねりが今広がろうとしているのではないでしょうか。

東京集会を企画したみなさんありがとう。

沖縄の地でもっともっとがんばらないといけないと感じました。



挨拶する市田書記局長と壇上に並んで紹介された沖縄の議員たち。市田氏の後ろ中央が渡久地修



紹介された沖縄の要請団の参加者。右はしが渡久地修



2007年10月16日火曜日

教科書検定意見撤回を求める政府要請行動から今帰ってきました。

昨日から行なっていた、教科書検定意見の撤回と記述の回復を求める沖縄県民大会実行委員会の政府要請行動を終え、今帰ってきました。
��日間の強行スケジュールでしたが、全員が沖縄県民の願いを代表しているという、自覚と誇りをもってがんばってきました。

残念ながら、総理大臣、文科大臣などには会えませんでしたが、官房副長官、文科副大臣に代表が面会、さらに政党の党首への要請、すべての国会議員への要請、教科書会社への要請など、精力的に行動してきました。

沖縄から167人、東京で合流した人40人の200人余が参加。

官房副長官や文科副大臣などからは、直接「撤回する」との発言はなかったようですが、要請団は、さらに撤回までがんばるとの決意を固めあいました。

また、昨日の15日の晩には、東京での「教科書検定意見撤回を求める10.15総決起集会」に参加しました。

��50人余が参加し、沖縄に連帯した感動的な集会でした。

16日の要請後の記者会見では、今後、撤回と記述回復を求めてさらに運動を強めていくことが述べられました。

その後の、報告集会では、参加者から、今回の要請行動で得た教訓や、超党派の行動への感動的な教訓などがこもごも語られ、県民が一致して最後までがんばろうとの思いが一つになりました。

詳しくは、追って報告します。



官房副長官への要請は11人という制限でした。内容を報告する代表、那覇市長ら(15日、総理官邸前)


全員で要請代表団を送り、官邸前で約40分待機しました。



東京での集会。市田書記局長をはじめ、党国会議員が多数参加。その他、民主、社民、公明、無所属の国会議員も参加。
私たち、沖縄の議員も壇上に並びました。


要請行動の記者会見。