沖縄県議会の9月定例化議会の最終本会議が終わりました。
オスプレイに明け暮れた議会でした。
これから、県民のたたかいが続きます。
オスプレイの撤去めざして頑張ります。
2012年10月12日金曜日
2012年10月11日木曜日
識名トンネル虚偽契約事件の100条調査委員会に本土ゼネコンなど参考人質疑
今日午前中は、議会運営委員会でした。
明日の最終本会議の日程確認と、議会改革についての議論でした。
この後1時20分から、識名トンネルの虚偽契約事件についての100条調査特別委員会が開催されます。
今日は、参考人として、本土ゼネコンの大成建設、JVを組んだ県内の2業者が出席しての委員会です。
識名トンネルを受注した大成JVが出席するのは初めてですので、真相が明らかになるようにしてもらいたいものです。
日本共産党県議団からは、嘉陽、前田の両県議がいいんですので、この後、私も傍聴してきます。
明日の最終本会議の日程確認と、議会改革についての議論でした。
この後1時20分から、識名トンネルの虚偽契約事件についての100条調査特別委員会が開催されます。
今日は、参考人として、本土ゼネコンの大成建設、JVを組んだ県内の2業者が出席しての委員会です。
識名トンネルを受注した大成JVが出席するのは初めてですので、真相が明らかになるようにしてもらいたいものです。
日本共産党県議団からは、嘉陽、前田の両県議がいいんですので、この後、私も傍聴してきます。
2012年10月10日水曜日
8年前のエッセイ
ほとんど用済みだと思いながらも年のために、今のパソコンで再生してみた。
フロッピーが開かないものもあるし、懐かしい写真データーなども出てきた。
その中で、「桜とメジロ」と題する8年前のエッセイと写真出てきた。
懐かしいので以下再掲載します。
桜とメジロ(2004/2/15)
メジロのさえずりに誘われて外に出てみると、久しぶりにみる真っ青な空が広がり、陽光が心地よい。
このところだらだら雨がずっと続き、気持ちもめいるほどだった。そういえば、2・3日前の天気予報で、二月前半の沖縄の日差しはわずか3時間とアナウンサーが言っていたほどだ。
隣家の庭の桜が満開だ。少々、時期を過ぎているのか若葉も顔を覗かせている。
沖縄で、春を感じるときである。
桜の花が落ち、若葉が芽吹く頃を過ぎると、あっという間に暑い夏がやってくる。
メジロが数羽やってきて桜の花をついばんでいる。
しばらく見とれているうちに、カメラにもでもおさめようかと家に戻りデジカメをとってくる。
いいシャッターチャンスとばかりに、カメラマンを気取ってシャッターを押すが、なかなかシャッターがおりない。何度繰り返してもだめ。原因は、電池切れだった。
あきらめようかどうしようか、春の陽光の中で思案しながら、結局、コンビニまでバイクで電池を買いに行く。
これで、安心とばかりに、桜の木を見上げると、間抜けな人間に付き合いきれないというのか、メジロはとっくに姿を消していた。
春眠 暁を覚えず
処処 啼鳥を聞く
夜来 風雨の声
花落つること 知る 多少ぞ
2012年10月9日火曜日
オスプレイの撤去を
今日、仲井真知事は野田首相にオスプレイの配備の撤回を求めたと報道された。
野田首相の返答は、地元の理解を得るためにとか、運用面で安全を日米合同委員会で徹底するとかで、結局、オスプレイの強行配備を認めよというものだった。
強行すれば、そのうち沖縄県民はおとなしくなるだろうとの腹積もりなのだろう。
県民の怒りは広がりこそすれ静まることは絶対にない。
野田首相の返答は、地元の理解を得るためにとか、運用面で安全を日米合同委員会で徹底するとかで、結局、オスプレイの強行配備を認めよというものだった。
強行すれば、そのうち沖縄県民はおとなしくなるだろうとの腹積もりなのだろう。
県民の怒りは広がりこそすれ静まることは絶対にない。
2012年10月8日月曜日
那覇大綱挽き/瑞雲(動画と写真)
昨日は、那覇大綱挽きでした。
首里の代表旗頭・瑞雲と首里地区実行委員会のみなさんと一緒に参加しました。
その模様を、動画と写真でご覧ください。
首里の代表旗頭・瑞雲と首里地区実行委員会のみなさんと一緒に参加しました。
その模様を、動画と写真でご覧ください。
モノレールで出発。なかなか見られない光景です。
首里地区実行委員会みなさん。自治会長のみなさんと
瑞雲
空手演舞
全国のミスの代表と
瑞雲の先輩たちと休憩
くたくた
2012年10月7日日曜日
今日は、那覇大綱挽きです
今日は、那覇大綱挽きです。
去った沖縄戦で、10月10日の米軍による那覇大空襲、いわゆる10・10空襲で那覇は廃墟となりました。
再び戦争を繰り返してはならないと、戦後復活した、この大綱挽きは10月10日に行われるようになりましたが、最近は、その前後の日曜日に行われるようになっています。
オスプレイの配備に私たちが反対するのも、この長年の苦難と、平和への思いが強いからです。
これから、私も首里地区実行委員会と瑞雲という旗頭と一緒に参加してきます。
去った沖縄戦で、10月10日の米軍による那覇大空襲、いわゆる10・10空襲で那覇は廃墟となりました。
再び戦争を繰り返してはならないと、戦後復活した、この大綱挽きは10月10日に行われるようになりましたが、最近は、その前後の日曜日に行われるようになっています。
オスプレイの配備に私たちが反対するのも、この長年の苦難と、平和への思いが強いからです。
これから、私も首里地区実行委員会と瑞雲という旗頭と一緒に参加してきます。
2012年10月6日土曜日
県民の怒りの火に油を注ぎこむもの
県議会も本会議、委員会が終わり、残すところ特別委員会と最終本会議となります。
オスプレイのたたかいに明け暮れた議会でしたが、たたかいはこれからです。
沖縄県民は決してくじけません。
日米両政府は強行配備によって、県民があきらめるだろうと高をくくっているかもしれません。
しかし、この強行配備は県民の怒りの火に油を注ぎこむようなもであることを知ることになるでしょう。
県民のたたかいは確実に広げっています。
これからもがんばります。
今日は、県議会だよりの作成しています。
オスプレイのたたかいに明け暮れた議会でしたが、たたかいはこれからです。
沖縄県民は決してくじけません。
日米両政府は強行配備によって、県民があきらめるだろうと高をくくっているかもしれません。
しかし、この強行配備は県民の怒りの火に油を注ぎこむようなもであることを知ることになるでしょう。
県民のたたかいは確実に広げっています。
これからもがんばります。
今日は、県議会だよりの作成しています。
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