ラベル

2010年1月9日土曜日

名護市長選挙の応援

今日、朝から夕方まで名護市長選挙の応援にいってきました。

羽地・屋我地地域を街頭演説。

どこでも地域のみなさんが話を聞いてくれます。

何としても勝利したい。

この思いが伝わったのではないかと思っています。

最後までがんばりましょう。

◆名護市長選挙への必勝募金のお願い
 1月17日告示、24日投票で名護市長選挙が行われます。
 辺野古への新基地建設をやめさ、平和でくらしを守る政治の実現へ全力でがんばっています。
 みなさんのご支援をお願いします。
 募金の送り先は、
 「日本共産党沖縄県委員会」宛
 郵便振替 02060・0・37894
このブログやHPを見て募金をなされた方は、振替用紙の通信欄に記入し、メールでもお知らせいただければ幸いです。


◆普天間基地の撤去、海兵隊撤退を求めた議会質問をまだの方はぜひご覧ください。
●2009年12月議会(12/8)での質問はこちらをクリックしてください
●2009年9月議会(10/2)での質問はこちらをクリック

2010年1月8日金曜日

沖縄ビジョンについての参考人聴取

今日、県議会では沖縄振興特別委員会が開催され、沖縄21世紀ビジョンの策定について、その審議会の総合部会長である富川盛武氏を招いての参考人の意見聴取が行われました。

沖縄21世紀ビジョンは県が今後20年間の沖縄の針路を指し示すものです。

議論が始まった去年までは、基地問題でも嘉手納基地以南の基地の返還を大きな目標に掲げるなど、これまでの政府のSACO合意の内容に縛られていましたが、私たちが、今後とも基地の存在前提にした沖縄の将来構想はおかしいと批判して、基地のない沖縄を目指すべきと指摘していました。

今度あきらかになったのは、このSACO合意路線から抜け出して、「究極的には基地のない沖縄」をめざす内容と変化しています。

今日の質疑でも、私は、究極的とは遠い彼方の問題になってることを指摘して、究極的は取るべきと批判しましたが、いずれにしても、基地のない沖縄を目指すということを掲げたことは評価していいのではないしょうか。

今日の部会長への私の質問でも、いつまでも今までの日米安保の枠組みでいいのかを大いに議論していくことがひつようであり、このビジョンがその議論を尽くしていく転機になればと語っていました。

沖縄の基地の問題、安保の問題などの議論は、これまではタブ-視されたり、あるいは、安保絶対化の視点から、意義を唱える人を異端視下面があったと思いますが、この問題もこれから正面から議論できるような土壌を育成していくことがいま必要です。

沖縄の将来は基地の問題を避けて通るわけにはいきません。

正面から、きちんと議論できるようにしたいものです。

今日は、大変意義ある委員会でした。

2010年1月7日木曜日

県議会質問ビデオを見て、30代の青年からメール!

今日、知り合いの30代の青年から、12月8日の県議会一般質問のビデオを、ネットで見たと言って、下記の感想を送ってきてくれました。
若い人たちにも今の沖縄の現状をぜひ考えてもらいたいものです。
このビデオ、ムービーが少しでもお役に立てればと思い、匿名で紹介します。
以下の文章が、送られてきたままのメールです。


おつかれさまです。

遅ばせながら12月議会の一般質問をムービーで拝見させていただきました。
仲井真知事に何度も「論理的なお話で…」と「たじたじ」にさせる質問に。
そしておさむさん一流のユーモア(一流の批判は一流のユーモアだと思うのです)のある質問に。
わたしも沖縄県民のひとりとして、パソコンの前で立ち上がり拍手をしました。

海兵隊が日本の抑止力のために駐留しているわけではない。
このことをアメリカ自身が認めていることを、
事実に基づいて「客観的に」明らかにしていくところが圧巻でした。

『1995年の少女暴行事件のとき、沖縄県全体で「基地撤去」の機運が高まり、
 アメリカは追い出されるかもしれないと恐怖心を抱いていた。
 ラムズフェルドさえ「望まれぬところには配備しない」と言っていた。
 しかし今、何故アメリカがこんなにも強行に、辺野古への新基地建設へと圧力をかけてくるのか。
 政権交代もあったけれども、しかし決定的に違うのは「県内已む無し」の立場の仲井真知事、あなたがいることだ!』

知事は結局「県外がベストだ」のところで句読点のマルをつけることができませんでした。
この問題にはやはり「普天間基地の無条件撤去」という句読点が必要ですね。
多くの先輩たちが、たたかってきたこの歴史のページに、誇りあるマルをつけるために、
わたしもがんばりたいと思います。

今年もよろしくおねがいします。


※以上が、青年からのメールでした。
うれしいですね、私も若い人たちに負けずに頑張ります。

◆普天間基地の撤去、海兵隊撤退を求めた議会質問をまだの方はぜひご覧ください。
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名護市長選挙の勝利へ新春決起集会

昨日、那覇市民会館中ホールで名護市長選挙の勝利へ、党と後援会の新春決起集会が開催されました。

当初の予定は、党旗びらきの予定でしたが、国の政治と沖縄の将来、名護市の将来のかかった大事な名護市長選挙が迫っているもとで、急きょ予定を変更し、決起集会に切り替えました。

村山県委員長代理と赤嶺政賢j衆院議員・県委員長が情勢報告を行いました。

昨日はものすごい冷え込みのあいにくの天気でしたが、多くの党員、後援会員が参加し、必ず勝利しようと決意を固めあいました。



報告する赤嶺衆院議員


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2010年1月6日水曜日

議会だより52号をアップしました。

とぐち修県議会報告を作成しましたが、PDFでアップしました。

��4版の4ページです。










◆名護市長選挙への必勝募金のお願い

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 「日本共産党沖縄県委員会」宛

 郵便振替 02060・0・37894

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◆普天間基地の撤去、海兵隊撤退を求めた議会質問をまだの方はぜひご覧ください。

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お薦めの本―「やさしい日本経済の話」

「日本経済がアメリカに頭が上がらない本当の理由や、アメリカが一番知られたくない『世にも奇怪至極なこと』など、経済の不思議がはっきり理解できる本!」との帯を見てすぐに購入して読んだ。

新日本出版社の大槻久志氏の著書である。

この本は、「はじめに」で書いているが、日本婦人団体連合会の機関紙に50回にわたって連載したものに手を加えながらまとめたものだという。

「経済のことは暗いと思われるし、ましてや経済学にはまったく無縁であろうと思われる婦人の読者を対象にして」、基礎知識を解説し、経済学の基礎知識がなんとなく頭に入るようにした」とうだけあって、とてもわかりやすい。

そして、貯金から預金の話から、金本位制、世界経済の大きなながれ、ドル本位制への移行、ドルの衰退、今後の展望などがやさしく、且つ奥深く解説されていて面白い。

小泉内閣や当時のT財務大臣などのアメリカべったりの役割などがなるほどと理解できる。

ヨーロッパからは「東京のアメリカ人」と小泉総理は揶揄されていた話など多くの日本人に知ってほしいものである。

この本を読むと、軍事的な側面だけでなく、経済的な側面からも、早くアメリカへの従属状態から抜け出してこそ、日本の未来が切り開けることが理解できるようである。

多くの人に読んでほしいものである。






◆名護市長選挙への必勝募金のお願い

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2010年1月5日火曜日

衝撃的な写真



1月3日の金城町の成人式で、平和ガイドの吉嶺全一さんが氏の名刺を差し出した。

その名刺には、沖縄戦末期の摩文仁が丘の写真が刷り込まれていた。

現在の摩文仁の丘は、平和の磯や各県の慰霊碑が立ち並んでいて、緑に囲まれている。

ところがこの写真では、一木一草生えていない、焼け野が原である。

話には聞いていたが、衝撃的な写真である。

氏は当時13歳で、この地まで逃げ惑い、本当に恐ろしい体験をしたという。

空、海、陸からの砲弾の雨、ナパーム弾、焼夷弾、ガソリン等によって、あらゆるものが焼き尽くされたという。

戦争を知らない世代にはなかなか想像できない世界であるが、この一枚の静かに見える写真だが、そこで地獄絵図が展開されていたと思うとぞっとする。

戦争を絶対に繰り返してはならない。

そのためにも、戦争につながる米軍基地は一刻も早く撤去させなければならない。

一枚の名刺の写真は静かに訴えている。